ハートフルTFコミュニティーの海外医療サポート活動


ハートフルTFコミュニティーではここ数年来、アジア地区の
医療サポートのために、視察と準備をしています。

その活動の一端を紹介いたします。

中国青島チンタオ

2012年9月
高橋ファミリークリニック
高橋院長レポート

目的:日本の医療を知るには海外を知るべし! 
     海外の日本人をサポートできるか?

後輩歯科医師は青島のクリニック*で月に一回無償で働いていました。今回その後輩に誘われて青島へ 

トラストメディック:中国人が中国在住の外国人(おもに日本人)相手に24時間診療
しかし、9月といえば 反日暴動の直後の週末!! 

反対を押切、最高額の保険をかけられて出発  当院鍼灸師同行
9/22土曜日午前 セントレア→青島 2時間のフライト午前11時ごろ着 
  日本からは 日本語をしゃべったらまずい との緊張感ありましたが、市内はそうでもなく、
平穏無事でした。到着後まず青島総合病院へ 東洋医療と西洋医療が合わさった病院(写真下2枚目)
で非常に大きく、びっくりしました。統合医療を現実化していると感心しました。中国本場の鍼灸をみました。

大きな針を勢いよく刺す(写真下右)のは圧巻でした。日本の鍼灸のほうが繊細だと思いました。
 会議室で鍼灸医と会談(写真下3枚目)させていただきました。日本にも留学していた医師でした。

私から”中国でのダイエット漢方は?“と聞いたら、”日本の方が研究しているだろう“と言われ、
漢方の地元より日本のほうが進んでいる分野もあると確信しました。(下左の写真;向かって
左から亀田総合病院の中国担当医師、当院黒木鍼灸師、私、後輩歯科医、トラストメディック経営者李さん)

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今回の中国訪問にて思ったことは
・一般市民は思ったほど 対日感情がひどくない(間違いかも)
・中国は格差社会だ
・糖尿病は急増している。我々の医療知識が通じる
・日本人に対する医療サポートがない

2012年9月
ベトナム ホーチミン市

2012.9月
高橋院長ベトナムホーチミン訪問記
裏へ続く
目的:日本の医療を知るには海外を知るべし!
高校の同級生(茨城大学
人文学部教授)がよくベトナムに行くことをフェイ
スブックでみていたので
最初は軽い気持ちで
ベトナム同行をお願いした!!
9/15土曜日午前
セントレア→ハノイ→ホーチミン
午後18 時ごろ着
ホーチミンは750 万人の大都会でビルも立ち並び、社会主義とは思えないほど。
ホーチミンのシェラトンもいいホテルでした。食事は社会主義とはいえ、西洋的なレ
ストランも多数あり、経済的にある程度開放されているのが実感します。美味しかった。
9/16日曜日
タイニン省立病院、長期リハビリ病棟へ:写真下左3 枚
ホーチミンを出発し、タイニン省に向かいましたが、徐々に鉄筋のビルから木造へ、最
終的にはブルーシートの屋根?の家もみえてきました。
病院につくと日曜日だというのに現地の医師6 人もいました。あらかじめ現地通訳に
は来院を伝えてもらっていましたが、人数の多さに感激しました。全く情報もない、日本
から来る医師のために集まってもらっていましたので。。
また医師が全員女性なのにはび
っくりしました。ベトナムは女性がとても活発な国だと聞きました。通訳を通じて話して
いくうちに、日本の医療がとても進んでいることには驚き、次回ベトナム再来時には

尿病の講演をさせていただくことにして立ち去りました。糖質制限の話も分子整合医学の
話もしましたが、理解されていませんでした。ベトナムにはDPP4阻害剤がまだはいっ
ていませんでした。(日本では2010 年発売)
またタイニン省で特にカンボジアとの国境沿いは
ブルーシートの家がほとんどで、省
が主体となって
省が15 万円
個人寄付の15万円で家をたてる事業があり、当院私も参
加しました。昨年末に要請があり、15 万円振り込み終了しました。
次回ベトナムに行っ
た時にその家を視察しに
国境沿いに行く予定です。私の要望は子供のいる家族でしたが、
今回要請のあった家族は母と40 歳の息子の二人のみの家族でした。
9/17月曜日
午前ベトナム戦争記念館
自分の中では見学する予定はなかったので、実際の写真をみて本当に驚きました。1960
年ごろから1973 年まで
今から40 年前までは戦争をしていた国が、こんな近くにあり、
その後遺症が今だ残っている。下の写真中央は有名な写真で戦争終盤にアメリカがまいた
枯葉剤の跡地です。こんなことをするなんて、あまりにもむごいと思いましたし、ベトチ
ャンドクチャン:写真下左 等の子供にも後遺症が残っています。平和を強く思いました。
午後にはホーチミン市内にある私立病院:HON
DUC
病院に行きました。入院
施設もある、緑市民病院を少し小さくした病院でした。糖尿病の連携、サプリメント(分子
整合医学)の提供を提案しました。理事長先生は快く、連携を申し出てくれました。後で知
ったことですが、ベトナムは一回では連携が難しく、何回もベトナムに行って信頼を得な
いとうまくいかない国だそうです。国をとおしての提携は社会主義でもあり、難しいとの
ことです。今後
当院とベトナムの私立病院が連携できれば大変うれしいことです。
帰国する直前ホテルのラウンジで
ベトナム人薬剤師さんとあいました。夫が医師で
した。その方とも
分子整合医学、糖尿病の糖質制限の話、コーチング、食養生等の話を
しましたが、理解されず、可能であれば次回来国時に講演等を無料でいいのでさせてほし
いと申し込んでおきました。
何故か、ベトナムの方とのメールの交換がやや困難で連絡が途絶え気味です。
今回のベトナム訪問にて思ったことは
・親日の人が多く、優しい・日本の医療は進んでいる・当院ができることはまだまだある
今後の方針
タイニン省立病院での勉強会
HONDUC病院との糖尿病
分子整合医学での連携
タイニン省における家増設支援
今年の秋には再度
ベトナム訪問検討

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2013年8月
高橋院長モンゴル訪問記

目的:モンゴルにおける医療事情をしる
序章:
私の知人からの情報でモンゴルが最近とても経済発展が著しいため糖尿病患者が
とても多くなっている。
また再選した大統領が日本の医療をモンゴルに誘致したいと言
っているとのことを聞き、私の知人とモンゴル医療視察に行った。
8/13火曜日午前
セントレア午前9 時発→韓国仁川
約二時間
仁川午後7 時発→ウランバートル午後11 時着
関西航空なら直通
約5 時間あるが
セントレアからは仁川経由で丸一日
真夜中に到着
空港は小さく、すぐに外にでれた。市街に行く道は凸凹。舗装さ
れていなかった。宿泊のホテルは20 階以上のビル、想像以上に都会であったのがビックリ。
モンゴルは国全体で280 万人程度の人口でほとんど首都ウランバートルに集中
8/14水曜日
モンゴル国立第一病院、日本大使館へ
ホテルから歩いて行ける
モンゴルで一番の病院が国立第一病院。隣に韓国人の民営病
院が並ぶ。

病院見学後
日本大使館へ
近藤一等書記官に面会。モンゴルの事情を聞いた。相撲もあ
り、親日的なところがとても居心地がいい(中国訪問とは雰囲気が確かに違う)と。GDP はとても少
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ないが
実は世界第二の経済成長(2010 年統計)、鉱山資源は豊富とのこと。なんと世界で一番レク
サスが売れているとこ。実際にレクサスがとても多く走っていた。想像以上の経済発展の真っただ中
である国。私のモンゴルでの医療支援の思いを話したら
是非支援してほしい、とのことで、日本人
会会長を紹介してくれた。その後細川日本人会会長を訪問した。モンゴルでの日本人は600人程
度?
会員は160人ぐらい。中国に比べたらものすごく少ない。でもとてもよい方で
中国よりも
とてもいい感触を得た。小さいことからまず始められそうな予感がした。
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8/15木曜日
15 日は
朝からモンゴルのゲルを体験しに行った。ウランバートル市内は渋滞で結構時間かかった。
道路は凸凹であった。あいにくの雨模様。渋滞含んで1 時間ぐらいで
大草原についた。ゲル(テン
ト)をみせてもらった。チンギスハン達はこれを持参して移動していたらしく、集会場
食堂
寝床
としてのゲルがいろいろあった。市街にもどって夕食時に来てくれたモンゴル人の採血結果をみてあ
げた。結構糖尿病が多い、肥満が多いのは外見どおりであったが、驚いたことに
結構日本で治療を
受けていた。また身近にB、C 型肝炎が多数いることがわかり、ビックリした。インターフェロンの
話もして、詳細は日本に帰ってから主治医に私が電話で聞いてあげることにした。
今後の方針
日本にくるモンゴル人の医療支援
モンゴルでの糖尿病支援(医師、患者)
モンゴル日本人会へのスカイプ支援

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2014年10月
2014 欧州糖尿病学会 オーストリア ウイーン

今回の学会に発表抄録をエントリーしましたが、残念ながら採択されませんでした。
糖尿病の最新薬 SGLT2阻害剤の発表が多かった。

当院で施行している末梢神経障害の検査はなかった。
2015年の日本糖尿病学会総会では私が発表予定であるので2016年の欧州糖尿病学会に
てその検査法を発表することとしました.。 

ウイーンはハプスブルク家の総本山。教会の地下に歴代のお墓まであり、びっくりしました。
中世の中心地で 凄い街。城壁に囲まれた別世界であったとのこと。これぞ西欧でした。
街はいつも清掃していてとても綺麗で 夜でも比較的安全でした。
再度行ってみたいところでした。

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